2025-05-28

病と闘い続けた作家:車谷長吉

車谷長吉(くるまたにちょうきつ)は、強迫神経症という心の病を抱えながらも、文学界に大きな足跡を残した作家です。彼の強迫神経症は、単なる病気ではなく、むしろ創作のエネルギーとして作用していました。自分の内面を深く掘り下げ、率直に表現する車谷文学の中心には、この病との苦しい戦いがあったのです。

強迫神経症というのは、脳の中で不安や恐怖が繰り返し浮かび、それを打ち消すために特定の行動(儀式のような行為)を繰り返してしまう病気です。車谷も、日常生活の中でこの症状に苦しめられていました。ただ、彼はその「苦しみ」を単なる困難としてではなく、創作に向かう強いモチーフとして昇華させました。彼の作品には、細かい描写の執念や、繰り返される心理描写がよく見られます。これは、強迫神経症特有の「ぐるぐる回る感覚」が、彼の作品に独特の緊張感や深みを与えた結果といえます。

例えば、『赤目四十八瀧心中未遂』では、主人公が自己破滅の衝動に駆られながらも、周囲との不思議なバランスを保つ姿が描かれます。これは、車谷自身の「破滅したい気持ち」と「生きたい気持ち」が混ざり合った内面を反映しているといえるでしょう。強迫神経症特有の「やめたくてもやめられない」という感覚が、登場人物たちの生き方や、物語全体の雰囲気に色濃く漂っています。

また、車谷はこの病気を「自分だけの問題」とは考えず、社会の中で疎外される人や、底辺で苦しむ人たちの姿と重ねて描きました。病に苦しむ自分と、社会の片隅で生きる登場人物たちが、どこかで重なって見えるのです。車谷にとって、創作は単なる逃げ道ではなく、自分が生きている証を示し、苦しみの意味を問いかける行為でもありました。

晩年、彼は「死ぬまで書き続ける」と語り、実際に69歳で亡くなるまで筆を持ち続けました。その姿勢は、病気に屈せず、むしろその苦しみを生きる証として描き切ろうとした「作家としての執念」といえるでしょう。車谷長吉の文学は、精神疾患という「個人の痛み」が、普遍的な人間の苦しみや孤独、そして希望を描く手段へと昇華された、めったにない例です。

彼の作品を読むと、私たちはただの小説を超えたものに触れているように感じます。それは、病気と向き合い、自分をさらけ出しながらも、なお「生きること」を選び続けた一人の人間の、壮絶な闘いの記録なのです。

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