2025-10-14

時間を描く画家 : 藤田嗣治という「時空の編集者」

藤田嗣治の絵画は、しばしば「日本画と西洋画の融合」と説明されます。しかし、その定義では、彼の異質な魅力を十分に捉えきれないかもしれません。藤田が本当に融合させたのは、東と西ではなく、「過去と現在」だったのではないでしょうか。彼のキャンバスには、時代の層が幾重にも重なっています。

1920年代のパリで描かれた裸婦たちは、アール・デコの時代感をまといながらも、輪郭には浮世絵のような簡潔さが漂っています。その肌は、古典彫刻を思わせる静謐さをたたえ、背景には金属的な光沢が息づいています。そこでは文化の混合だけでなく、「時間の圧縮」とも呼べる現象が起きているのです。古代・中世・近代が、同じ画面の中で同時に呼吸しています。

藤田は生涯そのものを、時間を越える実験の場として生きました。大正の東京、狂乱のパリ、戦時の日本、そして晩年のランス──それぞれの時代と場所は、異なる文明の記憶を彼に刻みました。晩年に自ら設計し、壁画を描いた「フジタ礼拝堂(Chapelle Notre-Dame-de-la-Paix)」は、その結晶といえます。中世の聖堂を思わせる構造の中に、日本的な顔立ちの聖母や子どもたちが静かに佇み、東西と古今がひとつに溶け合っています。

彼の絵を見つめていると、私たちは一つの時代に固定されていないことを思い出します。過去の記憶と未来への予感が、現在という一枚のキャンバスの上で交差しているのです。藤田嗣治はまさに「時空の編集者」であり、彼の絵画は一瞬を永遠へと変換する装置でした。乳白色の肌の奥で輝いているのは、時代そのものの光なのです。

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