ワム!「ラスト・クリスマス」:名曲の意外な舞台裏

ワム!の「ラスト・クリスマス」は、日本でも「とりあえずこれを流せばクリスマスらしい」定番曲ですが、その誕生は意外なほど平凡です。1984年、ジョージ・マイケルはバンド仲間のアンドリュー・リッジリーと一緒に、両親の家を訪れていました。テレビを見ながらくつろいでいたとき、ふいに何かを思いついたように席を立ち、自分の子ども部屋にこもってしまいます。しばらくして戻ってきたときには、あの有名なメロディーの原型ができあがっていたと言われています。
録音は同じ年の夏、ロンドンのアドヴィジョン・スタジオで行われました。季節は真夏なのに、スタジオの中には紙のチェーンやイルミネーションが飾られ、小さな“室内クリスマス”状態。エンジニアのクリス・ポーターとアシスタントだけが同席し、ジョージはリンドラム、シンセサイザーのJuno-60、そしてそり鈴まで、ほぼすべてのパートを自分一人で演奏しながら作り上げていきました。正式メンバーだったリッジリーでさえ録音には関わっておらず、「ラスト・クリスマスは、ほとんどジョージの一人作業だった」と語られています。
もう一つ、あまり知られていないのがこの曲の“チャリティー面”です。当時、イギリスではエチオピア飢饉救済のためのチャリティーシングル「Do They Know It’s Christmas?」が大ヒットし、「ラスト・クリスマス」はその陰でチャート2位にとどまりました。ところがジョージは、自分が参加したバンド・エイドで、「ラスト・クリスマス」の印税もエチオピア救済に寄付することを決めます。彼はインタビューで「自分の取り分は全部エチオピアへ送る」と語っており、ワム!側のロイヤリティは実際にバンド・エイドの基金へ渡りました。
皮肉なことに、その結果「ラスト・クリスマス」は“チャリティー曲に阻まれた2位ソング”として長く記録されます。しかし、ストリーミング時代になってから人気はさらに高まり、2021年に初めてイギリスのシングルチャート1位を獲得。2023年には念願のクリスマス・ナンバーワン、さらに2024年には史上初の“2年連続クリスマス1位”という快挙まで達成しました。
子ども部屋で生まれ、真夏のスタジオで一人きりで練り上げられ、印税は飢饉救済に回され、何十年越しで1位にたどり着いた曲――それが「ラスト・クリスマス」です。毎年BGMのように流れてくるあのメロディーも、こうした背景を知ると、少しだけ違って聞こえてくるかもしれません。
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