2026-03-02

伊坂幸太郎と万城目学のユーモア精神

現代日本のエンタメ小説界でユーモアを独自の方向へ進化させてきた作家といえば、やはり 伊坂幸太郎 さんと 万城目学 さんの二人だと思います。一見似たタイプに思われがちですが、実は“笑い”の源泉も作品世界の成り立ちもまったく異なります。

伊坂さんのユーモアは、例えるなら“乾いた知性のスパイス”です。登場人物はどこか真面目で、不器用で、人生に疲れ気味です。そんな彼らが交わす会話に、突然スッと軽口や哲学めいた冗談が差し込まれます。伊坂作品の笑いは、声を上げて笑うというより、「ああ、この感覚わかります」と心のどこかをつつかれる親密さがあります。絶望的な状況でも軽やかさを失わない、そんな“反逆としてのユーモア”が彼の持ち味です。

一方の万城目さんは、笑いの重心がまったく違います。彼の作品は、関西の街角から突如として異界が開く“日常ファンタジー”の爆発です。シリアスな話をしていたと思ったら、突然シカが喋り出します。登場人物が振り回されるほどに、読者は逆に妙な安心感を覚えます。万城目作品のユーモアは、奇想と人情が渾然一体となった“祭りの笑い”です。大げさで、ばかばかしくて、でもどこか温かいのです。

両者のユーモアの決定的な違いは、「世界がキャラを振り回すのか」「キャラの言葉が世界を照らすのか」という構造にあります。伊坂さんは人物の会話と思想を通して日常をじわりと面白くします。一方で万城目さんは世界そのものを面白く変形させ、そこに巻き込まれる人物たちの奮闘を描きます。伊坂さんの笑いがミクロ(思考)であるのに対し、万城目さんはマクロ(世界観)なのです。

しかし共通しているのは、“読者の気持ちを軽くする力”です。深刻なテーマでも気取らず、奇妙な出来事を描きながら、どこか人間への慈しみがにじみます。笑いは娯楽であり、救いであり、人生に立ち向かうための武器なのだと、二人は教えてくれます。

伊坂幸太郎さんと万城目学さん。この二人を読み比べると、ユーモアとは単なる“面白さ”ではなく、世界の見え方そのものを変える魔法なのだと気づかされるのです。

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